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  my外交政策   
2006.10.06.Fri / 01:49 

 私は昔から、人見知りで人付き合いが苦手だった。幼い頃一人っ子として育ったのも大きな原因かもしれない(妹ができたのは小学生になってからだったから)。

 成長するにつれて、さまざまな人と出会い、かかわりの中で社交性や積極性というものも身につけたつもりだった。行動範囲の広がりと共に、友達もずいぶん増えた。でも三つ子の魂百まで、この年になってもやはり、生粋のマイペースぶりは治るということを知らないようで、集団でいることや人に気を遣う状況はかなりのストレスになる。奇しくも、それは最近気づいたことなのである。

 一方、人と接することが全く苦にならない人がいる。そういう友人を見ていると、もちろんうらやましいけれど、やはり自分とは性質が違うんだな、と思う。それは「目指すものは何なのか」を考えたときに、私にとってそれは「皆から好かれる存在」ではないからである。自己中心的で、高慢なことは承知で言うが、願わくば「個性的」で毒のあるスタンドプレイヤーでありたい。私は自分の考えは表に伝えたいし、その考えも陳腐で無難なものにはしたくない。真摯に向き合う価値があるならば人との対立や人への挑発も辞さない。この人なら話ができる、と思う人とはたとえ年上でもそういう風に向き合っているつもりである。おそらく幼稚で好戦的・高圧的で無礼だと思われても文句は言えない。だから、万人に好かれるわけはないし、気に入ってくれる人と付き合えればそれでいいとある意味開き直っている。(といいながら人と会った後はいつもダメ出しをしてその言動を反省している日々だが)

 もちろん「付き合い」というものは必要で、うまく感情と建前のコントロールをこれから学んでいかなければいけないのだが、この「若さゆえの青さ」というものはどこかに秘めたまま一生忘れたくないと思うのである。社交辞令や建前を使い分け綺麗に物事を交わして器用に生きていくより、本音を押し殺しきれなくて壁にぶち当たって無駄にエネルギーを消耗しているような不器用な自分像の方がやっぱり好きなのだ。

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突然ですがチェック!!
1□ 身につけているのに、「ない」っていって一生懸命探す
2□ 知らないところに行くときは必ず道を間違う
3□ そんなつもりはないのにわりと物を壊す
4□ 人の名前と顔を覚えきれない
5□ 友達が後ろにいると思って話しかけたら違う人
6□ 登校したら休講
7□ 自転車をどこに止めたか分からなくなる
8□ 手を振られて振り返したら人違い
9□ ギャグがすべる
10□ それでも前向きに生きていける

5コ以上丸のついた方は痴呆・・・いや、私と仲良くなれるはず!!(笑)え、私は10個ですがナニカ?(・∀・)

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